定年を迎えた妻と、初めて二人きりの旅に出た。
子どもたちは独立し、孫の世話も落ち着いた。40年働いてきた仕事も終わった。
さて、これからどう生きるか。その答えを求めて、一軒の温泉宿を選んだ。
窓を開けた朝の景色
朝5時に目が覚める。
窓のカーテンをそっと引くと、東の空が薄紫色に染まっていた。海までの距離、200メートルほど。大きな窓越しに、朝日が海面を照らしている。
静寂。本当に静かだ。
渡り鳥の鳴き声だけが聞こえる。朝食の時間までまだ2時間ある。
妻はまだ眠っている。
ベッドの隣に立つ小さなテーブルに置かれた、前夜に用意されていた温かいお茶を手に取る。磁器の湯飲みから立ち上る湯気が、頬に当たる。お茶の香りは、深い緑色の甘さ。地元で採れた茶だと、チェックイン時に説明されていた。
昨日、仕事を辞めた。
40年間、毎朝6時に起き、通勤電車に揺られて会社へ向かった。人間関係、ノルマ、責任。そうしたものから解放されて、初めての朝。
窓から見える海は、いつまでも静かに波打っている。
温泉に浸かる時間
朝食の前に、温泉に入ることにした。
大浴場は人がいない。朝5時だからだ。
湯船に近づくと、硫黄の香りが立ち込めている。湯気の中に、白い湯の華が浮かんでいる。掲示板には「源泉掛け流し」と書かれていた。
浴槽に足を入れる。
熱い。でも、不快な熱さではない。肌が慣れると、心地よい温かさに変わる。
ゆっくりと腰を下ろし、両足、両腕、そして肩を湯に沈める。
背中が湯に浸かったときの感覚は、言葉にならない。まるで、身体全体が空気から解放されて、何か別の世界に包まれた感覚。
硫黄の香りは、鼻をつく。でも、不快さはない。古い温泉宿には、この香りがある。それが本物だ。
目を閉じる。
静寂の中で、ただ湯に浸かる。3分、5分、10分。時間が止まったような感覚。
40年間、毎朝5分の短いシャワーで済ませてきた人生。
その人生が、ここで初めて「時間」になった。
朝食の匂いが漂ってくる
7時過ぎ、朝食の準備が始まったのか、廊下から朝食会場の香りが漂ってくる。
味噌汁の香り、焼き魚の香り、ご飯が炊き上がった香り。
それらが複雑に混ざり合って、鼻からこぼれ落ちる香り。これも、かけがえのない体験だ。
朝食会場に向かうと、テーブルの上に並んでいるのは:
- 地元で採れた野菜を塩漬けにしたもの
- 前浜で獲れた干物を焼いたもの
- 地元の醤油で煮詰めた卵焼き
- 温かいままの山菜ご飯
- 濃い出汁の味噌汁
すべてが、「これ、どこで食べた?」と思う味。
妻は何も言わず、ただ静かにそれらを食べている。
その横顔を見ると、彼女も同じ思いなのだろう。40年。それだけの時間を一緒に過ごしても、こういう瞬間で初めて「心が通じ合う」と感じられる。
食べ進むにつれ、朝の窓からの景色が、朝食の味が、温泉の温もりが、すべて一つになって身体に染み込んでいく感覚。
これが、旅だ。
なぜこのホテルを選んだのか
実は、旅行雑誌の「人気ランキング」には、このホテルは載っていなかった。
楽天トラベルで、ひたすら「評価の高い」「温泉」「食事が良い」という条件で検索した。その中で、このホテルが目に留まった理由は、簡潔な説明文。
「源泉掛け流し。地元の食材。静寂。」
それだけだった。
口コミを読んでも、他のホテルのように「サービスが丁寧」「スタッフが笑顔」といった評価はなかった。代わりに「静かで最高」「朝の景色が忘れられない」「本物の温泉」という、簡潔な言葉が並んでいた。
だから選んだ。
誰もが「サービス」を褒める時代に、ただ「本物」を貫くホテル。
そういうホテルが、今の自分たちに必要なのだと、感じた。
昼前の出発
11時のチェックアウトまで、もう一度温泉に入った。
朝とは違い、数人の旅人が湯に浸かっていた。誰も言葉を交わさない。みんな、ただ湯に浸かっている。
その静寂の中に身を置くことが、かけがえのないものだと気づく。
大浴場から出た後、部屋に戻った。
朝見た窓からの景色が、昼間は違った表情を見せている。光が強くなり、海は深い青に変わっていた。
チェックアウトの際、フロントの人は何も言わなかった。ただ「またお越しください」と、それだけ。
他のホテルなら、「いかがでしたか」「また来月も」といった定型句が続く。でも、このホテルはそうではなかった。客に寄り添わない。ただ、本物の時間を提供するだけ。
それが、却って心に響いた。
駐車場に向かう途中、妻が呟いた。
「また来たいね」
帰りの車の中、そう言う彼女の手を握った。
40年。一度も気づかなかった。こういう時間の大切さに。
でも、やっと。ようやく。気づくことができた。
それは、このホテルが提供してくれたものだ。
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もう一度あの時間を
心が満たされる旅。それはホテル選びで決まる。
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